英語コンベンションに参加しました!

8月7日(金)、新城文化会館小ホールにて、新城市教育委員会が毎年主催している「英語コンベンション」という、英語の発表会がありました。毎年様々な出し物があって、歌もあり、スピーチもあり、寸劇もあります。今年で21年目を迎えました。各小学校、中学校からの参加が多いのですが、一般の方々も申し込んで参加することができます。私の英語教室 「ふれんず・いんぐりっしゅ」 からは、ここ5、6年間、毎年参加していて、欠かせない恒例行事の一つになっています。

子ども園(新城市特有の、保育園と幼稚園が一緒になっているもの)の部、小学校低学年の部、小学校高学年と中学校の部の3つに分かれて、それぞれ違う歌を歌いました。5月ぐらいから教室の各レッスンで練習をしていました。後は「お家でCDを聞いて覚えてね」と言って、歌を覚えてもらっています。当日のリハーサルで初めて複数のレッスンの生徒たちが一緒になります。でも、みんながそれぞれしっかり練習しているので、いつもいいステージに仕上がってきています。

Father Abraham

子ども園の生徒と、低学年の生徒はみんな一緒懸命で、とても上手に歌詞や振りを覚えていて、とっても可愛いかったです!

The Ants Go Marching

そして今回、特に感動したのは、高学年と中学校の部の生徒のステージでした。Ben E. KingのStand By Meを歌いました。

Stand By Me-1

最初は孤独で、だんだんと元気が出て、友だちが側にいれば大丈夫!という、ちょっとした演技を入れました。5つの違うレッスンで練習をしていましたが、その時は、声がほとんど出ていなくて、演技も中途半端で正直言って本当に心配でしたが、まあ、なんと本番に強いこと!声が本当に驚くぐらいしっかりと出ていて、演技も上手で、本当に素晴らしく感動的でした!!

Stand By Me-2

この機会を毎年与えてくださっている教育委員会の皆様に感謝します!

See you next year, too!! Thank you!!

昭和街・生きた博物館:私の新城市に対する夢です!

7月31日、新城市女性議会に議員として参加しました。とても貴重な体験でした。今日はその時読み上げた文章をここに掲載させていただきます。

2015.7.31

新城市女性議会

どりあ 山﨑ランサム

 

本日は、女性議会に参加させていただけることを心より感謝します。私は新城市が大好きで、今までもさまざまな形で新城市に貢献しようとしてきました。ですので、新たな形で関わらせていただけるのはとても嬉しいです。
本日私が申し上げたい課題は、女性としてと同時に、外国人、「外の人」の目で新城を見た時に感じること、新城の活性化についての課題です。
20年以上前に、初めて新城の旧道を車で通った時の印象を鮮明に覚えています。「なんとステキな町並みだろう!」 昔の日本がそのまま残っている、威圧感のない町並みだったのがよかったと思います。
この町並みを産んだ「昭和」の時代も今となっては歴史です。「昔」の町並みというと、観光スポットとしてよく取り上げられるものは、江戸か明治時代から残っているものです。けれども、新城の大半の人たちが「ダサい」と思っているこの町並みは、 20年、30年経てば貴重な歴史的財産になります。空襲を受けていない、この昭和の田舎町の町並みが邪魔ではないと、発想を切り替えて、町並みを保存することができれば、「昭和街(しょうわまち)」の「生きた博物館」として、新城市が大人気のツーリストスポットに生まれ変わることができるのではないでしょうか?私はこのような夢を見ています。
平成に入ってからの建物の大半は、四角くてデザイン性に欠けていて、外壁がパネリングというものがほとんどです。なので、 20年後には、「昭和街」の町並みが懐かしくなり、教育的になり、魅力に満ち溢れたものになります。一口に昭和といっても、戦前、戦争直後、経済成長期、バブル最盛期と、様々な「昭和」があります。町並みに60年以上の歴史が現れるところにこそ昭和の魅力があります。
この町並みを保存して活用するためには、「平成化調整区域」「昭和街都市計画特別区域」を作る必要があると思います。最小限残したい場所は東新町の交差点から橋向の交差点までの旧道沿いの地域ですが、平井の交差点から、新城駅前銀座、そして文化会館と市役所まで広げることができたら最も理想的だと思います。
この特別区域にある建物に関しては、家や店舗の中はいくら近代的でも、道に面した側面の外見は昭和風に作ったり、すでにある昭和の建物を修繕したりする必要があります。このために、持ち主に与えられる補助金制度を作ることが有効的だと思われます。
「生きた博物館」ができると、旅行客のために、様々な分野の懐かしいお店やポケットパークを作ることができ、また、何よりも、様々な形でいろいろな人に仕事をする機会が与えられます。
このビジョンを実現するには長期的計画になるという理解が不可欠です。最低10年、もしかしたら20年かかるだろうと思います。なので、すぐに結果が見えなくてもあきらめずに忍耐することが必要になってきます。長期的にこれを運営管理する組織が必要になります。少しずつ進めることによって、新城が変わっていきます。
また、「お金がないから」と言って、あきらめてしまう人が多くいると思います。けれども、市の予算を使うだけではなく、市民から寄付を募ったり、企業にスポンサーになってもらったり、大学の街づくり研究所や歴史研究所の協力を得たり、歴女のグループの協力を得たり、また、今流行りの「クラウドファンディング」を使ったりすることもできるのではないでしょうか。
「昭和街の特別区域・生きた博物館による新城の活性化」はやろうと思えばできることです。今なら「昭和街」の保存はまだ間に合います。後数年待つともう遅いです。
最後に質問としてですが、
1.) 「昭和街」をつくることによる活性化策に対する考えをお伺いします。
2.) 昭和の建造物を活かした景観保全の特別区域を設定することについての考えをお伺いします。
3.)「昭和街」の可能性の展望についての考えをお伺いします。
以上、3つの質問を致します。
ありがとうございました。

女性議会 楽しみです!

7月31日(金)午後1:30より、新城市初の「女性議会」が開催されます。

女性議会は全国でも数少なく、愛知県ではこれが2つ目だそうです。

新城市は今まで、中学生議会、そして最近では全国でも珍しい、本格的な「若者議会」を立ち上げました。

新城市って、画期的なこと、面白いことをたくさんやるので好きです。

Josei Gikai Poster
私も議員の一人として女性議会に参加します。広報での募集があったりして目にしたことはありましたが、自分がやろうと思ったわけではありませんでした。けれども、現在唯一の女性市議に声かけられて、あっ、私でもできるのか?と、思って、やりたくなりました。

最初は日程が英語教室で毎年参加している「英語コンベンション」とバッティングしているかと思い、参加を断念しましたが、バッティングしないことがわかった時は、本当に嬉しかったです。

後は、「選挙権がないんだけど、それでも参加してもいいですか・・・?」という疑問がありました。とても微妙な立場ですね、これは。日本国籍ではないので、新城市にできるかぎり貢献しようとする時に、「選挙権もないのになぁ~」と、いつもこの微妙な立場が気になります。「それもいいですよ」と、言われた時は本当に嬉しかったです。まあ、市としても、日本人ではない人の意見が聞けたらいいと思っていることでしょうし、Everybody wins! といったことだと思います。

準備として、オリエンテーションがあって、市の市民自治推進課の職員と会ったり、女性議員が互いに自己紹介をしたり、議場を見たりしました。また、この時に昨年静岡県島田市で行われた女性議会のビデオを少し見ることができました。

市議会を傍聴したことがない人はぜひ、女性議会の前に一度は傍聴に来てくださいということでしたので、6月18日の一般質問の時に議場に足を運びました。やり方を自分の目で見ることができて、とてもためになりました。

大学の時にテレビ制作に興味があって、アルバイトの一つとして、自分が住んでいたミネソタ州ミネトンカ市の毎週の市議会の会議(アメリカでは、市議会員は、昼間の仕事と兼業で、会議は仕事が終わってから行われますので、毎週になります)と、隔週の都市計画課のミーティングをケーブルテレビで生放送するカメラマンなどをしていました。なので、ミネトンカ市の市議会はたくさん見ています。新城市で傍聴した時に、その違いをも見ることができて、日本の社会学を勉強したことのある人として、面白かったです。

2ヶ月以上前から考えてきた女性議会が、いよいよ来週に迫っています。6、7年前から、「新城市って、こういうことをすればいいのに・・・」という思いがありますが、それを公の場で発表することができるのは、とても楽しみです。みなさんも、10人の女性議員が、男性の視点とはまた違う視点で、どのような問題提起、質問、提案がなされるのか、楽しみにしていてくださいね。

では、7月31日、議場でお会いしましょう!

(その時に来られない方々のために、8月にはケーブルテレビTEESでも放送されるそうです。)

新城市に愛を込めて、よろしくお願いします!

P.S. 女性議会のポスターは、女性雑誌風に仕立てていますが、すべて市役所でハンドメイドです。モデルも写真家も、みんな市の職員です。ステキでしょう?!

初めての講演会

講演会 「新城の良さ 再発見」
日時 2015年7月18日(土)13時半より場所 杉山公民館
主催 新城 旬の広場

7月18日に、初めての講演会をおこないました。

人前で話をするのは苦手ではありません。小学校の時から劇に出たりするのが好きだったし、高校の時にはディベート部に入っていました。5年前から、とても ローカルですが、ケーブルテレビのレポーターをしています。なんども舞台上での通訳をしたことがあります。いちばん大きな聴衆としては、ホノルルのワイキキシェルで1,700人の前で通訳をしたことがあります。また、弁論大会には4回出場しています。1992年の弁論大会はテレビ東京で放送され、2012年の弁論大会は NHKで日本全国で放送されました。なので、人前に出たり、画面に映ったりするのは決して嫌ではないのです。

2年ぐらい前から、私の中でフツフツと沸き上がってくる思いがありました。人生についての思い、日本についての思いをもっと多くの人に伝えることができたら・・・いつか講演会でお話ができたらと思っていました。それなりに準備をしてきましたが、数週間前に思いがけず講演会の話をいただきました。とても嬉しかったです。

ですが、実際に準備をしてみると、通訳ではなく自分の言葉で、自分の思いを自由にしゃべる(丸暗記ではなく)のは初めてだということに気付きました。上手に伝えられるかどうか、少し不安になり、一生懸命準備をしました。

結果的には、2015年7月18日に、「新城 旬のひろば」の主催で、新城市内の杉山公民館でおこなった講演会は、私自身の予想を超えて、とてもいいものになりました。

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「新城の良さ 再発見」という題で語らせていただきましたが、24人の方々(プラス数人の幼児)が集まってくださいました。とてもアットホームな雰囲気の中でお話することができました。この講演会をいいものにしてくださったのは、はやり聞き手の方々でした。全員が新城という田舎町の素晴らしさに気づこうとしている、または無農薬有機野菜の生産者、消費者でしたので、私が提供させていただいた話題にとても興味深く耳を傾けてくださいました。

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特に質疑応答の時間には、普通ですと三河人はとてもおとなしくて、人前で質問したり、発言したり、ましてや議論したりすることはしないのですが、とても活発なやりとりがなされて、私も多くのことを考えさせられ、また、学ばせていただきました。

主人も聞きに来てくれましたが、初めての講演会にしてはできすぎなぐらいだったと言ってくれました。嬉しいと同時に、これからがプレッシャーになるような言葉でもあります。続けて自分の思いを伝えたいと思って、これからも講演会をする機会が与えられたらと願っていますが、多くの人々のためになるような話ができるように、これからも一生懸命がんばっていきたいと思います。

なにとぞ、これからも、よろしくお願い申し上げます。

***

「新城の良さ 再発見」 講演会 主な話題:

・自分の生い立ち

・8年前から新城に再び住むようになる前まで、いかに自分が自然のことに無知だったか

・家庭菜園を通して学んだこと

・自然豊かな田舎町にいて、自然と触れ合って、いのちについて学んだこと

・日本の社会的な背景から出てきた、現在ある農業の危機 = 「ロストジェネレーション」

・日本のすべての営みが「平和」という土台の上にあり、今は危険な状態にある

・食物を自給できる知識を持つことの大切さについて

・食物を自給できる人々のステータスを上げるにはどうしたらいいのか?

「質疑応答」のコメント・指摘・質問から出たいくつかの課題:

・新城で育った人は意外と新城の良さを知らない

・学校の「勉強」だけが勉強ではない

・いのちの循環を意識することの大切さ

・プロの農家とは違った視点で見て、違った観察をしているのに、同じことに気づいているのがいい

・生産者は消費者の心と体のふるさとになりたいという思いで作っている

・現代の人にはいのちをもらって食べているという意識が欠けている

・鶏の捌き方を学ぶ会があるといいかも・・・!

・近代農業のエネルギー消費量の膨大さ

・食物を自分で作り、農業に関わる人を増やすにはどうしたらいいのか?

・「農業がダメだと言われているからこそやる」とがんばっている若者がいる

・「自然と共に生きる」ことはキリスト教の教えと相容れないのでは?(これについては、キリスト教の中でもこういうことを考えている流れもあるということをお話しさせていただきました。)

・ヨーロッパの環境教育はどんなものなのか?

・子どもたちに、自然と関わらせる以外に子育てで気をつけていることは?

お帰りなさい! ~わが家を訪れる珍客たち・第5号

数年前から、毎年わが家を訪れる珍客が帰ってきました。「珍客」の「出没順」でいうと、たぶん5番目だと思います。いつもこんなところに居座っています。

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ヤモリがいること自体が変わったことではないと思いますが、いつも同じ所、しかもシルエットが異常に目立つ玄関のガラスのところにいるのがとても微笑ましいです。IMG_3377

毎年お会いできるのを楽しみにしています。今年も帰ってきてくれて、ありがとう、ヤモリ君!!

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新たな形での貢献

私は住んでいる新城市にできる限り貢献したいと思っています。今日は新たな形での貢献ができて、嬉しかったです。

昨年度末に小学校の評議員をやってもらえないかと、娘たちが通っていた小学校の校長先生からお声がかかりました。そして今日、初めて評議会に出させていただきました。学校をよくしていくための意見を分かち合う会議でした。

8人の評議員のうち、ほとんどの人は小学校に子どもがもういないので、果たして意義のある会議になるのかしら?と始まる前は思っていました。けれども、課題設定がとても上手にされていて、さまざまな意見が出て、予想外に有意義な時間になりました。小学校に子どもがいないメンバーでも、教育の場に携わったり、ボランティアとして子どもたちと接したり、社会の風潮を読み取ったりなど、幾つもの方面からの意見が出ました。

初めてだったので、あまり何も言わないでおこうと思っていましたが、やはりそうは行きませんでした。(というか、そもそも、主張をするのが苦手ではないのでお声がかかったというのもあると思います。) 結局は時間がとても短く感じ、言おうと思えば言えることがまだたくさんありました・・・。でも、会自体が時間通りに終わったことにも感心しました。

この素晴らしい機会を与えてくださった校長先生に感謝します。

その1時間後に、7月末に行われる女性議会の準備のため、市役所に向かいました。これも知り合いから声がかかっての参加ですが、思ってもみなかった形での市への貢献ができそうで、とても光栄であり、嬉しいです。しっかりできるようにがんばります!

わが家を訪れる珍客たち・第8号

「なんでまたうちに?!?」と思うぐらい、いろいろな生き物がわが家に現れます。そんなにド田舎じゃないのに・・・。私たちが住む新城市の中心部には、3万人ぐらいが住んでいますが、私たちの家はその街中の、2番目に交通量の多い道路沿いにあります。決して山の中ではないのです。この程度の「田舎」だと、現れて当たり前の生き物もあれば、「?!?」と思うものもあります。これこそ、「田舎」の面白いところですね。(多少面倒くさいところもありますが・・・!)

そのうちそれぞれの生き物を紹介したいと思いますが、まずは最近やってきた8番目の生き物からご紹介します。

4月半ば、雨が何日も降り続いていました。火曜日に車を家の横で停めていると、家の前にあるポーチの下で何かが動いています。また猫か?と思って見ていたら、あれ?動きが猫っぽくなくてウサギのように見えました。でも、ウサギ?なんで?ありえないと思って、その時は雨が降っていたし、急いで家に入りました。

IMG_3203次の日の午後、雨が止んだ後に確認すると、やはり真っ黒なウサギでした。憶病なウサギはポーチの端で顔を出しては、すぐに一番奥まで行ってしまい、しかも真っ黒なので、ほとんど見えません。英語教室に来ている子どもたちに言うと大喜びして、大騒ぎしながらしゃがんで見ていました。

IMG_3214木曜日の午後には、下校中の中学校の娘の友だちもウサギを見に来ました。また、生徒の一人が、鼻が敏感で、「糞臭い」と言いました。そうですよね、最低3日間はポーチの下にいるので、考えてみればそのはずなんですよね。けっこういい体型をしているウサギだし、真っ黒ということなので、野生ではないだろうと思いました。逃げたのか、捨てられたのかわかりませんが、わが家のポーチの下は、連日の雨宿りをするには居心地がよかったのかしら。Shizuku-1金曜日の夕方、車をいつものところに寄せようとすると、ポーチの周辺がとても散らかっていました。ポーチの前には軍手、ポーチの下には箒、ポーチの上には厚手のテープと、すぐに外れてくるポーチの柵の棒が数本落ちていました。しかも中学生の娘のスクールバッグが玄関先においてありました。軍手がその上にもありました。

これは、友だちのBちゃんがウサギを捕まえて、家に連れって行ったに違いないと、直感でわかりました。(Bちゃんは大の動物好きで、目がまだ開いていない捨て猫を英語のレッスンの時に連れてきたことがあるぐらいです。)

Bちゃんの家がすぐ近くなので、行ってみたら、案の定、Bちゃんと娘がいて、黒いウサギが段ボール箱の中に入っていました。

話が長くなるので、端折りますと、ウサギはBちゃんのお宅で貸していただいた犬用のゲージの中に入れて、我が家で2泊、Bちゃんの家にも2泊ぐらいしてから、以前にウサギを飼っていたことのある優しい飼い主のところに行きました。後からBちゃんに聞きましたが、名前は「しずく」になったそうです。

IMG_3216Shizuku-3そしてウサギが雨宿りしていたポーチの下は、土曜日に腹ばいになって入り込んで掃除しました。土埃とたくさんの枯葉とウサギの糞で、掃除機の袋が2袋いっぱいになりました。

いつもにないアドベンチャーに満ちた一週間でした。田舎ならでは・・・ということでもないと思いますが。なぜ、生き物がわが家を選んでやって来るのでしょうかねと、知り合いがみんな口を揃えて言っています。

2015 全国さくらシンポジウムin奥三河 その②

シンポジウムの懇親会で、一つのできごとにとても感動しました。

司会をしていたので、たくさん食べようと思ってはいませんでしたが、両方の部屋を少し回り、好きなもの(しゃけの刺し身!!!)を食べていました。その中で、新城の若手農家、アグリホリックのみなさまが作ったかぼちゃのポタージュを飲みました。試飲用の小さなコップに入っていました。

そのすぐ後に、大分県から来ていた老夫婦とお話をしました。「大分県に行ったことありますよ」とお話したりしていました(全国の日本語弁論大会のためだったとは、言えなかったのですが・・・)。すると、ご主人が奥様に、「ティッシュある?」と聞いて、奥様がハンカチを差し出したら、「いや、ティシュある?」と、また聞きました。どうも、本当にティッシュが欲しかったようです。そこで奥様がティシュを出したのです。

そうしたら、ご主人がさりげなくそのティシュを私に差し出して、自分の鼻を指して、少し指を上下に動かしました。言葉をまったく使わずに、「お鼻についているよ」と、とても気を遣って私に教えてくださいました。差し出されたティシュで拭いたら、さきほど飲んだスープのコップの縁についていたスープが、飲んだ時に鼻に当たっていたのがわかりました。これから司会を続けてしないといけないのに、誰にも言われないでそのまま講壇に立ってしまうと恥をかくだろうと察しての、気配りと優しさに満ちた行為でした。

しかも!そのやり方が、とても日本的で心が打たれました。女性がではなく、紳士がわざわざ奥様にティシュをもらって、何も言葉に出さずに、私に恥をかかせずに、でも気づかせてくださった・・・。とても親切さに満ちた行為で、本当に心打たれました。

これがアメリカでしたら、気づいた相手が、私が後から恥をかくといけないからと、たぶん言ってくれるだろうけれど、それは、何で拭くかをまったく考えずに(そして私もたぶん手で拭いていたと思う!)、「ね、鼻にスープがついているよ」と、率直に言うと思います。

鼻を拭くように指示をしてくださったことにも感謝していますが、それより、そのやり方においてとても感動をさせてくださった、大分県の紳士にとても感謝しています。

もしいつか機会がありましたら、その紳士にお伝えしたいです:感動を与えてくださって、どうもありがとうございました!

2015全国さくらシンポジウムin奥三河

一つ前のポストの続きです。すでに1ヵ月前のことになりますが、報告をさせてください。

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実は全国さくらシンポジウム、4月2日(木)の夜の懇親会での司会を務めさせていただきました。昼の部は市政番組「いいじゃん新城」で一緒に市民ナビゲーターをしているもう一人の方が務め、夜の部を私が務めることになりました。ですが、前の土曜日ぐらいからひどい風邪を引き、月曜日にはもう、声がガラガラ、薬をのんで水曜日にはある程度よくなっていたものの、木曜日にはまた変な声になって・・・。緊張してあまり食べられなかったのが逆に良くなかったかもしれませんが、本番前まで喉が変、本番中でも微妙、終わった途端に咳き込んでしまいました・・・。万全でない状態で仕事をするのはとても申し訳ない気持ちでしたが、人が集まっているところに行くのが好き、そして、新城市での働きに貢献したいという思いがいっぱいで、どうしても成し遂げたいという思いでさせていただきました。実際、やらせていただけたのは本当に嬉しかったのですが、ガラガラ声での司会が主催者側には迷惑だったんだろうなぁと、申し訳なく思っています。どうも、失礼いたしました・・・!でも、楽しい思い出を、心より感謝しています!Thank you, cherry blossoms! And thank you, Shinshiro!

さくらに想うこと

4月2日、2015全国さくらシンポジウムin奥三河が新城文化会館を会場に行われました。

 
小説「あん」の著者ドリアン助川さんと、その原作を映画化した監督、川瀬直美さんの対話がありました。桜で「つなぐ」が今回のシンポジウムのテーマでしたが、お二人の発言から、さくらの花の儚いイノチについても考えさせられました。

ピンクのじゅうたんが街中のあちこちに見られるこの時期。ソメイヨシノは一斉に咲き、そして一斉に散るのです。ツボミの時から、樹全体が緑に変わるまで、長くて1ヶ月、短くて3週間。満開に近い状態を楽しむことができるのは、今年のこの地区のように雨が多ければ1周間もありません。その美しさは他に比べるものがないぐらい、心を躍らせるような華麗さですが、こんなに短い期間のために苦労して忍耐する日本人。「さくら」には様々な日本人の性質を見て取ることができるように思います。

・期間が短くても楽しみたい性質。私自身の観察ですが、アメリカ人は「長く楽しめなかったら最初からやりたくない」というところがあるように思います。”Limited Time Only”(期間限定)というものが日本よりずっと少なくて、新しいお店を開業したり、新しい商品を紹介しても、その会社がそれを長い間続ける心構えでいないと、消費者はあまりいい顔をしないのです。反面、日本人は期間限定が大好きで、一回だけであっても、行ってみたい、食べてみたいという精神がすごいです。私自身のことで言いますと、長く楽しめないと食べたくないということで、いただいたお菓子をいつまでも少しずつ食べていると、よく主人に怒られています・・・!

・「仕方がない」と思う性質。世の中にはIt can’t be helped、どうしようもないことがいくらでもありますが、日本人の「仕方がない」という言い方が、このようなことを受け入れるに相応しい、また、有意義な表現だと思います。「仕方がない」という表現は、訳すことができても、同じように、そして同じ頻度で使われる表現は他の言語にはあまりないと聞きます。決して、日本人は簡単に諦めると思っているわけではありませんが、もう、やめないといけないとき、諦めないといけないときに割り切るためにはとても便利な表現だと思います。雨がたくさん降ったので、今年の桜の期間は短かった・・・「仕方がない」ですね。これこそは、人間にはどうにも変えることができない、受け入れるべき自然の現象です。

・「来年がまたある」という、命のサイクルを重んじる性質。今年は開花時期がイベントの計画とズレたとか、期間が短かったりとかしても、毎年毎年咲く桜なので、来年が来たら、また楽しめる。日本という国では、季節は循環していて、毎年欠かさず同じ花が咲く、同じ実がなる、もしある年に理想的な形で花が咲いたり、実がなったりしなくても、次の年まで待てばまたチャンスがある、という、長年農業に携わってきた国民の精神があると思います。

・自然に対する敬意という性質。桜は自然の美しさの頂点ですが、それを毎年待ち望み、毎年楽しみにする日本人の自然に対する敬意は見事だと思います。また、その一方で、自然を助けたり、自然に手を加えたりする知識と労力もあります。実がならないソメイヨシノがあること自体、人間が手を加え、接ぎ木でずっと育ててきた歴史の結果です。このこともあって、ある意味弱いソメイヨシノの開花を助けるために、新城市の松井章泰さんの100万本の桜プロジェクトの働きのように、市民に桜の寿命に関する意識を持たせ、桜の木の維持活動を手伝ってもらうような活動をしている人もいます。全国さくらシンポジウムではそのような方々がたくさん集まり、とてもステキな光景でした。

最初から最後まで、1年間の16分の1ぐらいしか楽しむことができない桜・・・その存在自体、そしてそれに対する想いそのものが日本人の性質をよく表現しているように思います。